
皆様、こんにちは。山口幸夫です。
3月11日、東日本大震災から5年が経ちました。
ニュースでも連日、被災地の現状について報道されておりましたが、
忘れられないこの悲しい現実に、私たちは決して目を背けてはなりません。
以前、この日記に書かせて頂きましたが、
私は「悲しみの本質と被害の重み」と題されたタレントのビートたけしさんの
コメントを毎年思い出します。
そのコメントを抜粋してお伝えします。
『なによりまず、今回の震災で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
こんな大惨事になるとは思ってもみなかった。
どのチャンネルつけても、報道番組一色で、オイラはすっかりテレビから遠ざかっちまった。
こうなってくると、ホントにお笑い芸人とかバラエティ番組にできることは少ないよ。
地震発生から間もない14日に収録があって、スタジオに客まで入れてたんだけど、
直前に取り止めたんだ。
所(ジョージ)と相談してさ。こんな時に着ぐるみ着てバカやれないよって。
とてもじゃないけど笑えないよってさ。
よく「被災地にも笑いを」なんて言うヤツがいるけれど、今まさに苦しみの渦中にある人を
笑いで励まそうなんてのは、戯れ言でしかない。
しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所があって、人間は初めて心から笑えるんだ。
悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。
オイラたち芸人にできることがあるとすれば、震災が落ち着いてからだね。
悲しみを乗り越えてこれから立ち上がろうって時に、「笑い」が役に立つかもしれない。
早く、そんな日がくればいいね。
常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。
テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。
だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか
考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。
そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。
被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」、「子供が」だろ。
そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。
2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えている。』
このコメントには、本当に本質が示されていると思います。
悲しみというものは個人的なものです。亡くなった2万人近くの方それぞれの死に対して2万通りの悲しみがあり、
何より全ての方にとって、想像もしていない突然の死であったことを考えれば、どれほどの大きな悲しみだったか
想い余るものがあります。
もう一つ、芸術や演芸を楽しむという事が、最低限の生活が確立された上でのことであると考えた時に
自分が携わっている仕事は、どの位置にあるのかを考えておくことも大変重要なことだと感じます。
私たち不動産仲介の仕事は、衣食住の『住』を扱う本当に尊い仕事であります。
生活を豊かにするために賃貸から購入へステップアップする方や、逆の方もいます。
生き方として賃貸が良いという方もいます。
そう考えると私たちは、様々な価値観や状況に応じた対応をしなくてはならないわけです。
不動産仲介業の立ち位置からの使命として忘れてはいけないことは、全てのお客様にとって生活の基盤となる
住まいを提供する、本当に重要な仕事だということです。
お客様にとって少しでも豊かな生活につなげられるようにお手伝いすることが使命だと思います。
翌日の長野県北部の大地震も含めて、私たちは地震という災害がいつ起こるか分からないということ。
自分自身の命もいつ絶えるか分からないという事実を、しっかり受け止めることが大切であります。
限りある人生のなかで、世の中のために自分に何ができるのかをしっかり考える機会にして、
日々行動に繋げて参ります。