皆様、こんにちは。井上久恵です。
前回の日記で、私の間抜けな夏休み前編をお送りしました。
今回は後編です。
実は、こっちをメインに書きたかったのですが、
私の中でもインパクトが大きい出来事だだったので、
順番が逆になりました。
なぜ後編をメインに書きたかったかというと、これをする為に帰省したからです。
それは、「お盆の手伝い」。
今年は暦上、お盆の最中ではなくお盆前から休みを頂いたので、
せっかくなら手伝いと勉強の為と思い早めに帰省しました。
島根のお盆は、13日が迎え盆で15日が送り盆です。
(※ちなみに、母方の鳥取では16日が送り盆です。田舎同士が県境に位置していますが、日にちが異なります)
12日には母と一緒にお盆に備え買出しと、仏間をキレイに整えました。
普段は穏やかで優しい祖母ですが、祖母にとってお盆は1年で1番の大イベント。
父にあれこれとテキパキ指示を出し、「これはこげすーだー(訳:これはこうするんだ)」
「おじいさんが帰ってくーけん、キレイにしちょかないけん!(訳:おじいさんが帰ってくるから、
キレイにしておかないとダメ!)」
「あーけ、こんなことしちょーなーとおじいさんがおこーなーで!
(あぁ、もう、こんなことしてるとおじいさんが怒るわ!)」と、時に声を荒げ、ピリピリしていました…。
私は盆ちょうちんを飾る係につき、そんな祖母の意外な一面を見つつ、黙々と作業をしていました。
幼い頃島根にあった盆ちょうちんは、確かクルクル回るキレイなものでした。
しかし、箱を開けてみると簡素なちょうちんに変わっていました。
ピリピリしている祖母にはとても声を掛けられなかったので、その理由をコソッと母に聞いてみると、
「(私を含め)こういうことをやる人たちは高齢化してるから、簡単に組み立てられるものの方が良い」とのこと。
なるほど、納得した気持ちと、こういう文化もいずれ無くなってしまうのか…?と危惧する気持ちがありました。
一家が協力したお陰で、スムーズに飾り付けは完了しました。
13日からは親戚やお客さんのおもてなしです。
しかし、これも昔と比べ大分簡素なものになりました。
昔は仕出しを頼んだり、客間に座布団を並べお酒を並べ、とにかくおもてなしに力を入れていました。
が、仕出しも座布団もお酒も無し。
母が言ったように、お客さんも高齢化が進み、立ったり座ったりがきつい和室には入らなくなりました。
食べたり飲んだりもしなくなったので、仕出しも無しになったそうです。
ただ一つ変わらないのは、一番最初にお客様にお出しする飲み物です。
それは「お抹茶」。
実家がある地域は、京都、金沢とならび日本三大和菓子処であり、
その昔松平藩がこの地域に、形式に捉われない茶道を広めたと言われています。
一家に1セット抹茶道具があるという噂も…。
このような地域説を去年初めて知り、私は大変驚きました。
なぜなら、我が家では抹茶を飲むことは日常だったからです。
母方の祖母は茶道の先生で、母も茶道を習っていました。
朝10時とお昼の3時は必ず抹茶を飲むことが当たり前だったのです。
私たち姉弟も(細かい作法はさておき)当然抹茶を点てられますし、前述の通り私たち兄弟もみな抹茶道具を
一式持っています。
ということで、お客さんが来た時の私は、一番茶である抹茶を点てる係になりました。
一度にバッと来られると私の手は悲鳴をあげます。
(※ちなみに2杯飲むのが慣わしです)
また「その茶碗は人間国宝の◯◯さんの茶碗だから気をつけて!!」と言われると、
逆に力が入りガタガタと緊張します。
しかし、美味しく点てられると褒めてもらえるのでやり甲斐もあります。
一通りお盆のイベントを終え、最後に両親から「とても助かった」と感謝して貰え、
祖母は「おじいちゃんも喜んでなーわ(訳:喜んでるわ)」と言ってもらえ一安心。
この忙しい時期、足手まといになるのは私としても御免ですから。
祖母の目が黒いうち、両親の為に今後も役に立てれば、
抹茶を含め「島根イズム」を絶やすことのないようにしていきたいと改めて思いました。
こうして私の夏休みは過ぎていったのでした。
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